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1.9気圧酸素カプセルの可能性-硬膜外気体注入療法との組み合わせによる痛みの緩和

  • 執筆者の写真: WNI事務局
    WNI事務局
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高木 清

あつち葛飾クリニック 脳神経外科・我孫子聖仁会病院 正常圧水頭症センター センター長・厚地脳神経外科病院 顧問・藤田医科大学 客員教授

はじめに


私は2022年10月1日に東京都葛飾区で開院した「あつち葛飾クリニック」で、酸素カプセルを併用した硬膜外気体注入療法(以下、EGI:Epidural Gas Injection)を行っています。


本誌の読者のなかには、酸素という言葉が目に入ると高気圧酸素治療を連想される方もいらっしゃるかも知れませんが、高気圧酸素療法は2気圧の100%の酸素を1時間以上吸入する治療法です。


血液中の酸素濃度が著しく高くなり、高圧により気体が血液に溶けやすくなるので、脳梗塞や空気塞栓によく用いられますが、放射線又は抗がん剤治療と併用したがんの治療に対しても保険適用があります。


しかし、酸素カプセルはがんの直接的な治療法ではありませんが、酸素カプセルを併用したEGIは、薬をまったく使わないにもかかわらず、さまざまな疾患に伴う痛み顕著に軽減します。がん患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させている原因の1つは痛みです。この治療法は、がん性疼痛の緩和に役立つ可能性があるので紹介させていただきます。


酸素カプセルと硬膜外気体注入療法(EGI)


酸素カプセルはスポーツ選手が疲労回復のために使用していることで話題となったので、一般の人にも比較的よく知られています。私も2006年に夏の甲子園で優勝した早稲田実業の斎藤佑樹投手が使っていたというニュースで知り、2007年から酸素カプセルを主にむち打ち症の後遺症に対して利用し始めました。


そして、EGIも同じく当初はむち打ち症の後遺症を対象として2009年から始めています。酸素カプセルとは違い、EGIという治療は一般にはほとんど知られていないので、はじめにこの治療の説明をします。


EGIについて:解剖の知識


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EGIは、その名前が示すとおり硬膜外腔という隙間に気体を注入する治療法です。図1に硬膜外腔を示します。脊髄の脳脊髄液を包んでいるクモ膜と硬膜の外側にある隙間で、首の一番上から尾てい骨まで続いています。頭には硬膜外腔がありません。


脊髄硬膜外腔のなかを脊髄から出ていく神経(運動神経、自律神経)、脊髄に入っていく神経(痛覚を含む感覚神経)、脊髄に栄養を与える血管が通っていて、これらの神経や血管の周りには脳脊髄液があり、クモ膜と硬膜に取り囲まれています。


この図には描かれていませんが、脊髄に出入りする神経や血管を取り囲む硬膜の周囲にはリンパ管があり、脳脊髄液を吸収する働きをしています。硬膜外腔のなかは脂肪組織、リンパ管、動脈、静脈で満たされていて、非常に弾力に富んでいます。脊髄硬膜外腔の静脈は体の他の部分の静脈とは異なり、脳の静脈と同じように静脈弁がありません。木にまとわりつく蔦のように脊髄を取り囲んでいて、バトソン静脈叢と呼ばれています。


このような構造は、脊髄を衝撃から保護するためと説明されることが一般的ですが、それであればこれほど豊富な静脈叢は不必要です。


EGIについて:硬膜外腔の機能、EGIと酸素カプセルが効果がある理由


人間の体の構造には、まったく無駄なものもあるかも知れませんが、特殊な構造と特殊な機能は密接に関連していることが普通です。私はこの構造が、脳と脊髄の位置を一定に保つことと、脊髄の温度を一定に保つために重要な働きをしていると考えています。


脳と脊髄の比重は、脳脊髄液の比重よりもほんの少しだけ大きいので、寝た状態から座ったり立ったりすると脳と脊髄が尾てい骨のほうへ下がってしまいます。実際に脳脊髄液が脊髄のどこかのレベルで漏れると、起き上がったときに脳と脊髄が下がって、非常に激しい頭痛を引き起こします。

正常では立ち上がったときに弁のない静脈のおかげで他の部分の静脈血が流れ込み、硬膜外腔の静脈が怒張し硬膜外腔の圧を上昇させることで脳と脊髄が下がってくるのを防いでいると考えています。


また、中枢神経の神経細胞は、非常に狭い一定の温度範囲でしか正常に機能しません。脳と脊髄は絶えず活動しているので、実際に相当の熱を発生します。体表で冷却された血液を弁のない静脈を通して硬膜外腔に送り込み、脊髄を冷却していると考えると非常に合理的な構造だと言えます。実際に、運動で体温が著しく上昇したとき、通常は頭蓋内から外に出て行く静脈が頭皮で冷却された血液を頭蓋内に送り込むために逆流することが知られています。


EGIと酸素カプセルを実施する上で私が拠り所としている考えですが、これまで書かれたことがないと思われるので、硬膜外腔の説明が長くなりました。実際「空気(酸素21%)に圧力をかけて約1.3絶対気圧の状態で空気を吸入する酸素カプセルでは、動脈血酸素分圧の上昇はせいぜい120mmH2O程度で、酸素運搬の改善は極小であり治療効果もなく、唯一心理的効果(プラセーボ効果)のみが期待できる」と批判されています。


EGIや酸素カプセルの効果を理解するのにここで述べた構造と機能の連関を考慮すれば、加圧することが重要で、動脈血酸素分圧の上昇は必須な要素ではないと思われます。むち打ち症の後遺症の患者さんの多くは気圧の変化に非常に敏感で、低気圧でひどい頭痛を訴え、高気圧のときには症状が改善するといいます。このような場合の大気圧の変化は、絶対気圧に換算すれば0.1絶対気圧にもなりません。


通常、酸素カプセルでは絶対気圧で0.3気圧上昇させます。大気圧の変化に比べて非常に大きな変化だということがわかります。


EGIではまったく薬剤を使用しません。手技としては、仙骨麻酔や仙骨ブロックで刺すのと同じ部位に針を刺し、麻酔薬の代わりに気体(酸素、ヘリウム、ルームエアー)を入れます。これによって硬膜外腔の圧を高くし、脊髄神経周囲のリンパ管への髄液吸収を抑制したり、脊髄に出入りする神経の働きに変調をきたしたりする(neuromodulation) ことができるのではないかと考えています。


症例の提示:むち打ち症の後遺症


実際の症例を提示します。46歳の男性は40歳のときに交通事故に遭い、それ以来、頭痛、倦怠感、体の痛み、歩行障害などさまざまな症状が続きました。体の痛みは特にひどく、縫合した傷の抜糸にも全身麻酔が必要だったようです。原因不明の歩行障害も認めましたが、痛みによるものではなかったかと考えています。


日常生活に大きな支障を来していたにもかかわらず、中枢神経系の画像にはまったく異常がありませんでした。この患者さんにEGIをおこなったところ、翌日には普通に歩けるようになり、仕事もできるようになりました。治療効果の判定にはShort-Form36(SF-36)を用いました。これは、健康に関連するQOLを評価するための36の質問に答えてもらい、身体機能(PF)、日常的役割(身体(RP)・精神(RE))、体の痛み(BP)、全体的な健康感(GH)、活力(VT)、社会的役割(SF)、心の健康(MH)の8つの領域を測定するものです。


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図2はこの患者さんの治療前と治療後1カ月のSF-36を示したものです。特に注目すべは、BP(体の痛み)です。まったく鎮痛剤を使わず、硬膜外腔に一度気体を入れただけで、気体そのものは1週間程度で吸収されるにもかかわらず、1カ月過ぎた時点で痛みに悩まされることがまったくなくなっています。


この患者さんは4年後に再度交通事故に遭い症状が再燃しましたが、2度目のEGIによる治療でも完治しています。つまり、治療効果は落ちなかったと言うことです。


むち打ち症の後遺症以外へのEGIの適用


むち打ち症の後遺症の症状は、頭痛、めまい、立ちくらみ、体の痛み、光過敏、聴覚過敏、集中力の低下、倦怠感、味覚障害、自律神経失調症(下痢や異常な発汗)など非常に多彩です。しかし、これらを説明できる病変は少なくとも現在の検査手技では見つけることができません。さらに、頭痛や体の痛み、倦怠感といった症状は立位の保持や天候の変化で悪化します。


痛みや倦怠感で日常生活に支障を来す原因となっているのに、検査では異常がないという病気は他にもいくつか知られています。たとえば、起立性調節障害、線維筋痛症、慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)、子宮頸がんワクチン副反応、新型コロナウィルス感染後遺症などです。ワクチン副反応や新型コロナウィルス感染後遺症は原因となった疾

患であって、症状を説明できる病変ではありません。


EGIは非常に侵襲が少なく安全な治療なので、これらの患者さんが希望された場合には行っています。


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起立性調節障害:図3は起立性調節障害の16歳男子の治療前と3カ月後のSF-36です。3年にわたり通学に支障を来す頭痛がありましたが、2回のEGIでほぼ完治しています。この患者さんも、体の痛み(BP)から解放されています。


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線維筋痛症:図4は、2年前に線維筋痛症と診断された40歳の女性です。投薬を受けても改善していなかったのですが、1回のEGIでほぼ完治し、痛みから解放されています。


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新型コロナウィルス感染後遺症:この疾患は、倦怠感、ブレインフォグ、運動障害、痛み、味覚障害など多くの症状を呈しますが、症状を説明できる病変やはり見つかりません。図5は新型コロナウィルス感染から回復したあと、激しい頭痛で朝起きられずに通学できなくなった11歳男児の治療前と治療開始から3カ月後のSF-36です。すべての項目で改善していますが、ここでも痛みに悩まされなくなったことが読み取れます。


EGIと酸素カプセルの併用


あつち葛飾クリニックでは、EGIと酸素カプセル(1.3気圧と1.9気圧)を併用て、むち打ち症の後遺症、軽度外傷性脳損傷、起立性調節障害、新型コロナウィルス感染後遺症などの疾患を治療しています。EGIと酸素カプセルを組み合わせた治療の効果をSF‒36で評価してみると、痛みを顕著に和らげる治療であることがわかりました。


EGIは針を刺すので怖いという場合には、輸液と酸素カプセルのみでも硬膜外腔の圧は上昇するので、症状が軽減する場合が少なくありません。1.3気圧と1.9気圧のどちらが治療効果が高いのかはわかっていませんが、硬膜外腔の圧を測定できれば1.9気圧のほうが高くなる可能性があります。私が考える酸素カプセルの効果発現機序を考えると、1.9気圧のほうが症状緩和効果が高い可能性がありますが、今後の課題になります。


おわりに:がん性疼痛に対するEGIと酸素カプセルの利用


多くのがん患者さんが痛みに苦しめられています。1986年に「WHO方式がん疼痛治療法」が公表され、日本でも利用されています。しかし、がん性疼痛の管理には今も多くのがん専門医が苦労されているようです。


私どもはがん性疼痛に対してEGIや酸素カプセルを試みたことはありません。しかし、いくつかの異なる疾患でEGIが痛みに対して顕著な効果があることを示しました。痛みの原因となっている疾患の多様性を考えるとき、酸素カプセルと併用したEGIは、がん性疼痛を緩和する可能性があるのではないかと考えます。


EGIと酸素カプセル治療について更に知りたい方は、「EGI硬膜外気体注入療法」でネット検索すると、EGIのホームページをご覧になれます。


引用元:総合医療でがんに克つ 2025 10 vol.208


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